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プロフェッショナルとは何か?最も大事なたった一つの条件

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柴田の文章の魅力は、独特のリズムと比喩があり、読み進めるにつれてどんどん引き込まれてゆく事ではないかと思います。

そのリズムで今回はプロフェッショナルの本質について語っています。

プロフェッショナルの定義は人それぞれだと思いますが、柴田は、その定義の根底にある本質はたった一つだと言っています。そのたった一つの本質とは?

では、柴田流仕事の流儀”プロフェッショナルとは”お読み下さい。

~プロフェッショナル意識を噛みしめる~

講演会、企業の人材育成研修、大学でのキャリアプログラム講義等で「プロフェッショナルの定義」を尋ねると、最初はメジャーリーグや海外のクラブに所属しているアスリート、医者、弁護士、建築士といった“特定職種”を指す回答が多い。その後さらに「プロフェッショナルとは何だろう!?」と議論を深めていくと、職種に関係なく、あらゆるビジネスに従事する際に必要な意識であることに理解が深まっていく。自分とは生涯無縁と思っていたプロフェッショナルという概念が、受講者の手前に引き寄せられ脳内に染みわたっていく瞬間を見届ける。成熟した議論のプロセスを経て初めて、上質なコンセンサスを生むことを僕は多くの場面で学んできた。だから講演、講義、研修の場においても毎回肝に銘じ実践し続けている作法がある。1対多のワンウエイ(一方通行)から、対話のツーウエイ(双方向)、そしてラウンド・コミュニケーション(全員参加型討議とでも言うか)に空間全体に拡がるように努めるのが僕の流儀。アメリカ先住民族がテントの中で“車座に”座り、部族のさまざまな問題を討議する映画のシーンを想い描きながら進行している。

さらに付記するならば、ラウンド・コミュニケーションのイメージは「円卓の騎士」だ。円卓の騎士とは、「アーサー王物語」においてアーサー王の近臣として強い忠誠と気高き騎士道精神を誓った戦士たちで、つねに12人の席が用意されている。その名はキャメロットの城にある円卓を囲んだことに由来すると訊く。上座下座のない円卓が用いられたのは、卓を囲む者すべてが対等であるとの考えからである。つまり僕が心がける姿勢は“わたし話す人、君たち聞く人”というスタイルからの脱却に他ならない。マシンガントークのように喋り倒して自己陶酔する滑稽さの轍を踏まない。

現在、某大学で毎週金曜日に2年生106名対象に講義を行っている。*傍聴希望の方は一報ください(笑)。講演会、研修においてもそうだが、座って講義をすることは一切ない。

さすがに最近は100分間の講義が終わると足の疲れを感じるようになった。現場に立ち続けるためには筋トレも必要だと痛感する日々・・・。余談が過ぎた、本線に戻ろう。

檀上に留まる時間も僅かでしかない、ピンマイクを付けほとんどの時間教室内を動き回り、学生との対話に注力しながら授業を進めていく。教室内を徘徊することによって、学生のコンディションを見極められ、毎回新たな発見に出会う。熱心な学生のメモを覗き見る(笑)のも楽しみかも知れない。さまざまな質問を投げかけ、学生の回答を他の仲間にサウンドさせる。オーケストラ指揮者は演者が奏でる音というピースを繋ぎ合わせて全体の調和に努める。大学講師も指揮者と同様だと考えている。大学講義というオーケストラで、繋ぎ合わせるピースは「意見の多様性」だ。講師は、一つのテーマに対し、各学生が持論を述べる空間を演出する基盤整備から取り掛からなければならない。異論、少数派意見などを述べることも勇気の証だと理解させ、発言という行動に移すよう背中を押す。金子みすゞの「わたしと小鳥と鈴と」という詩を引用することもある。
『わたしが両手をひろげても、お空はちっとも飛べないが、飛べる小鳥はわたしのように、地面(じべた)をはやくは走れない。わたしがからだをゆすっても、きれいな音は出ないけど、あの鳴る鈴はわたしのように、たくさんなうたは知らないよ。鈴と、小鳥と、それからわたし、みんなちがって、みんないい。』

現代社会の悩みの一つに、本気への感度低下、本気度の希薄もあげられる。本気で語る人間がいなければ、本気で聞く人間などいない。本気で聞いてくれなければ、本気で喋るのがバカバカしい。悪循環の始まりだ。これは「卵が先か、ニワトリが先か」といった因果性のジレンマの問題ではない。答えは明解。先ずは本気で話す人ありき!だ。「次世代育成」、「世代継承」を主眼に登壇する人間の必要条件は本気度に尽きると胸に刻む。“最近の若者は・・・”など逃げ口上であり、他責を宣言しているに過ぎない。本気度をウイルスに例えるならば、潜伏期間が長いことが多々あるが、ひとたび感染すると凄まじい勢いで増殖する。本気度を伝染させるなら、根気強く粘るしかない。人間は、なぜか利他的な人間の本気に感染するという真実だけを信じ切る。ただそれだけ。“一度言ったよな!”など一切通用しない。前頭葉、後頭葉、左脳、右脳に「擦り込む」感覚が必要。但し“1000本ノック”などと表現しても、平成の大学生からは“昭和の遺物”としか受け取られないのでご用心!(笑)。

コンサルタント属性で活動する時に胸に刻んでいることがある。その際に発揮するプロフェッショナルとしてのポリシーは、人と群れないことと、安易に他人に同調しないことである。極論するならば100人が参加する会議で、自分以外の99人がYes!と表明しても、ただ一人No!と立ち上がる姿勢をイメージし続け、頭の片隅に忍ばせている。クライアントは神様ではない。内容を吟味もしないで、揉み手で迎合するなど愚の骨頂だ。先述したが「逆命利君」の気概を忘れてはならない。何事においても、自分というアイデンティティを貫き行動する「孤高の騎士」でありたい!と強く願う。プロフェッショナルにとってのチームワークとは、一人一人が責任を持って自分の使命を完遂すること。すなわち、チームメンバーとの同調ではなく、合理的な役割分担と個々人のミッションを死守することに他ならないと考えている。組織内は「場」への適応だけが肥大している。仲間、周囲との同一性や同調圧力に対処することから離脱してもいいではないだろうか。個の論理を取り戻し、自分は帰属する組織に何が貢献出来るか!?を徹底的に考え、行動することを黄金律にしたいものだ。

ファッションにおいては、アーティスト系の人たちが個性的な洋装で身を包むのに対して、ダークスーツにネクタイが基本。エキセントリックさや独創性でアイデンティティを表現することはない。こだわるべきは、人と違うことではなく、正しさだろう。オーセンティック(authentic)いわゆる上質な正統派路線は大切にしたいと考えつつ・・、最近は独自路線に傾きつつある。

〈柴田明彦〉

*****

プロフェッショナルについて、もっと深く知りたい方には柴田の著書”ビジネスで活かす電通「鬼十則」仕事に誇りと自分軸を持つ”もオススメします。「本当はタイトル逆にしたかったんだ」と柴田が言う様に、主題は誇りと自分軸を持つ事の大切さです。元赤鬼の柴田が熱く語っていますので、ご興味ありましたらどうぞお読み下さい。

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